産まれながらに懲役35年を言い渡された女子小学生のお話02
🕑 Added 2023-06-11 08:51:03 +0000 UTC
「朝食を支給する。全員、房内で正座!」
点呼が終わると朝食が配られる。内容は様々で味気のないパンの時もあれば、砂糖がついた甘いパンの時もある。今日配られた朝食はよりによって味気のない食パン一枚と野菜から出汁をとったスープだった。トレーに置かれて鉄格子の小さな枠からそれを受け取る。同時に生暖かいお茶も配られ、それを床において正座をして食事をする。
しばらくして食事が終わると、トイレを申告する時間になる。トイレの回数が一日三回までと制限されている中で数少ない機会だ。房に収容された少女たちは次から次へとトイレの申告を始める。
「七番、排泄希望します!」
すぐ後ろにある地面に嵌め込まれたような和式トイレを使うための申告。看守がそれを許可すると、二枚のチリ紙を由香に渡す。トイレは監視の中行われ、下着を脱ぎ、看守に見える場所に広げておいて、便器にまたがって両手を何もしていないことを示すように頭の後ろに置く。そして、準備ができたことを看守に伝えると、鉄格子の奥から許可がもらえるのだ。
「排泄許可します」
「ありがとうございます!」
バランスを保ちながら便器へ尿と便を垂れ流す。鉄格子との距離は目と鼻の先。当然、音も匂いもすべてが筒抜けだった。
「排泄終わりました。ふき取りの許可をお願いします」
「許可します」
「ありがとうございます!」
陰部に許可なく触ってはいけないという理由からちり紙でふき取りをする際も許可が必要だった。限られた二枚という枚数でできるだけきれいにふき取る。もしその枚数でふき取りが足らなかったとしても追加の紙が貰えるわけではないからだ。
「拭き取り終わりました!」
「はい、下着を着用して待機しなさい」
「ありがとうございます」
床に置かれたショーツを履いて、房の真ん中で正座をする。しばらくして全員の排泄が終わると外のスイッチを看守が操作してトイレが水洗で流れ、その際に洗面台からも同時に流れ出す。由香たちはその水でできるだけ手の汚れを落とすしかないのだ。
そしてもう、何度読んだかわからない規則が書かれた冊子を手に取って時間を潰すのだった。
毎日変わらない景色をぼーっと眺め、鉄格子の網目を目でなぞっていると昼食の時間となった。女子青少年単独房の扉が開かれて看守がトレーに乗せた昼食を一人一人手渡ししていく。
「七番、昼食だ」
「はい、ありがとうございます」
感謝の気持ちなどほとんど残されていないような言葉を無意識で述べて、正座を崩して鉄格子の小さな枠へと向かう。今日の昼食は珍しくカレーだった。鼻腔から入り直接胃を掴むようなスパイスの効いた香りがとても懐かしく、児童養護施設で作ったカレーを思い出す。
由香はそれを受け取るために手を伸ばした。鉄格子にトレーを置くような台はないため、直接受け取らなければいけないのだ。
そして手とトレーの距離があと数センチに迫った時、カレーの乗ったトレーが指を掠めた。そして一拍置いて房内に響く食器の落下した音。そして、残響の静寂。
「えっ…?」
それは由香が受け取る前に看守がトレーの手を離したことで引き起こされた事故だった。決して由香が受け取り方を間違えたというわけではない。
幸い服は汚れていないが、房側へ落とされたそのトレーから放り出されたカレーは由香の足に大量に付着していた。暖かいと同時にドロッとした滴る感覚。由香はあまりの驚きに硬直していた。
「何をしている、七番!」
「い、いや、でも…私は」
「まさか、ここに入って数か月の七番が食事のありがたみを分かっていなかったとは」
「違います!私は何もしていません!」
「言い訳はいい。食事を粗末に扱うような七番には懲罰が必要だろう。七番、両手をここから出しなさい」
「なっ、なんで…私じゃないのに…!」
窓から伸びた看守の手が、細くしなやかな由香の腕をつかむ。そのまま大人の力で強引に鉄格子へひきつけられると、そのまま両手に手錠をかけられてしまった。どうして、と疑問に思う隙すら与えられず、12歳という幼い腕の自由をはく奪する。
「い、いや!」
これまで見たことない程強引な力に由香は驚く。心拍は急激に高まり、呼吸も浅く早くなる。
「出なさい」
ガチャン、と開かれた扉から看守が由香を引っ張り出す。片腕を引かれると、手錠につながれたもう片方が自ずと引かれ、体がよろける。しかし、看守に容赦はなかった。流れるような手つきで由香の手錠に捕縄を括り付けると、そのまま縄尻を由香の股へ通して一時的に鉄格子へ結わう。
「こんなに汚して」
看守はそういいながら由香の足をちり紙で軽くふき取る。
股縄を背中で握られて連れていかれたのは懲罰室と呼ばれている、女子青少年反省室だった。女子青少年単独房に隣接しているその部屋は今までいた独房に比べて半分程度の広さしか確保されていなかった。つまり、その部屋で横になって寝られるようなスペースはない。
鉄格子の扉は変わらないが、その中身は空っぽ。独房のように床に嵌め込まれた便器や洗面台もなければ、ベッドもない。あるのは倍に増えた監視カメラと電球。そして丁度由香の股間付近の高さから、壁と直角に突き出ている金属の棒だった。
「食事を粗末にした罪は重い。反省室で7日間の処罰とする」
「い、いや、私、何もしてない!」
「例え、七番が何もしていなかったとしても、食事を床へまき散らしたのは事実だ。次はそうならないよう、しっかり反省しなさい」
いつもなら食事は確実に手渡しされるはずだった。しかし今日に限りこの看守の配膳はそれが守られていなかった。手を掠めたカレーの乗ったトレー。それは由香が受け取る前に看守が手を離したという明らかな過失の元成り立っているはずなのだ。
だが、この場所で看守の命令は絶対だった。そのような明らかな過失があったとしても、看守が1+1を3といえば2ではなく3となる。
そのことをこの数ヶ月で学んできた由香はぎゅっと口を閉じた。
「反省室の処罰はとても辛い。心して反省するように」
と、看守が言うと由香の腕にはめていた手錠に鍵を差し込んだ。ガチャガチャ、と両手の手錠が解除されて股縄も引き抜かれる。
由香はいまだに反省室に入れられたことはなかった。それ故、ここがどのように辛く、どのようなことをされるのか、まったく知らないのである。牢の外で比較的自由になった身体に逆に違和感を覚えながら、手錠の痕を揉み解していた。
すると、看守が由香へ指示を飛ばす。
「服を脱ぎなさい」
「えっ」
「反省室の中では基本服は必要ありません。服をすべて脱ぎなさい」
解いた捕縄を腕に巻きつけて片付ける看守は片手間にそう命令する。服を脱げという命令は入浴時によくされることだった。しかし、この場所は浴場前の脱衣所ではない。そのためか、看守の命令には恥じらいというものが纏わりつく。
自分が悪くないとわかっていたとしても、全くもって逆らえる状況ではないことは確かだった。
「……はい、わかりました」
拘束を解かれた自らの腕は、自身をさらに辱めるために動かされる。わずかにショーツを隠している一枚のシャツに手をかけ、ゆっくりと上にあげていく。そこに現れるのは年頃の少女に必須であるブラをつけていない裸体。ふっくらと膨らみかけた胸が体の揺れに合わせて反発する。いつも見せている姿のはずがどうして恥ずかしいのだろう。そう思いながら、由香は体を隠す最後の一枚に手をかけた。
するする、と落ちていくショーツを片足ずつ抜いて看守に手渡す。長年ここの収容者の間で使いまわされていたショーツはお世辞にも綺麗とは言えない、汚れが目立つものだった。それを看守は何食わぬ顔で受け取り近くにあったテーブルの上に置く。
「背中で腕をコの字にしなさい。懲罰用手枷を装着します」
由香はくるりと背を向けて指示に従った。細身でくびれた腰回りの少し上に両手を重ねる。看守に細かく腕の位置を調整されると自らの肘を掌で抑えるような形にさせられた。そこへ枷が取り付けられる。重なった腕の中央、そこへ両腕を一纏めにしてしまう重厚な金属の枷が取り付けられ、ガチャン、という音とともに施錠される。ただ、拘束はこれだけではなかった。看守が取り出したのは二つ目の枷。それはコの字になった二の腕の位置を固定するための腕枷だった。
禁固生活で筋肉が削ぎ落された二の腕に枷が取り付けられた。二の腕に取り付けられた枷は鎖でピンと張られており、肩の可動範囲を制限している。
「腕の拘束は以上だ。そのまま反省室に入りなさい」
「ううっ…」
腕は二種類の枷によって完全にコの字に固定され、それが想像以上に拘束力が高く、身じろぎひとつ自由にさせてもらえない。
反省室の鉄格子の扉が開かれた。背中を押されて中へ入れられると、由香は正面を向かされる。看守の手には金属の光沢が禍々しい、先端が丸みを帯びた円柱状の部品が握られていた。
「これは反省室用の股枷です。七番の背後にある壁からせり出した金属棒にこれを取り付け、膣に挿入します。」
「ちつ…?」
「いいからこれに跨りなさい」
そしてそれを壁から直角に突き出た金属の棒へ取り付ける。
看守によって軽々と体を持ち上げられると、壁から突き出された金属棒に設置された股枷と呼ばれる拘束具へ、裸になった由香の膣があてがわれる。
「ひ、ひっ…」
それは油のような潤滑材が塗りたくられており、天井から照らす光によって光沢を放っていた。そしてその股枷へ向かって由香の体が降ろされた。
「いっ、ぐっぃ…」
ぬるり、とした粘性の感触の後、それは由香の処女膜を引き裂き、肉を掻き分け、膣の最奥へ到達する。破瓜による激痛が由香の股を襲い、声にならない悲鳴をあげた。痛みによって思わず両手を前に出そうと動かすが、それは叶わず。二つの枷によって動きが阻まれた腕の肉が食い込み、さらに苦痛が増してしまった。
「いぎっ、あしが…」
脚はぎりぎり踵が届かない高さだった。まるで足の届かない自転車のサドルへ取り付けられたディルドへ深々と挿入させられて、立たされているかのような状況に、由香はこの反省室の恐ろしさを一瞬で理解したのだった。
「その痛みを罰として嚙み締めなさい。最後に首輪を取り付けます」
看守がそういうと由香の首へ革製の首輪を巻いた。首を絞めつけ過ぎない適当な穴を探してバックルで止める。最後に背後の壁の金具と首輪の金具を短い鎖で固定して看守は一歩下がった。
「くっ、うぐっ……」
「苦しいですか。ですが、七番が反省をするためにはこの程度の罰が相応でしょう。これから七日、しっかりとそこで反省するように。ただし、食事は一日一回、トイレの許可は一日二回に減らされます。もちろん、その間の入浴も禁止。わかりましたか」
「ぐっ、はい…わかりました」
脚は満足に地を踏めず、股には体内を埋め尽くすように圧迫してくる股枷が咥えこまされた状態。さらに腕は一切動かすことができずにコの字で固定されている、という状態で七日という時間をこのまま過ごさなければいけないという事実に驚きながらも、由香は逆らっても意味がないと考えて頷く。
その後、黙って看守が出ていくと、緊張の糸が切れ始めた。股枷によって引き裂かれた痛みが再度存在を主張し始め、じんじんと痛みが増す。しかし、その苦痛を逃れる術はなかった。深々と刺さるこの股枷を引き抜こうと体を浮かすが、つま先立ちだけでは足らずに体を下ろす際に再び膣の奥底を付いてしまう。まだ性行為の経験がない由香にとってそこを突かれるのはとても敏感で、快楽の前に痛みが来てしまう。しばらくしてそれは諦めた。
「痛いよ…」
痛みに耐えているがそれを紛らわす術もない。目の前に移る光景は単独部屋と変わらず、鉄格子の扉とその奥に見える味気のないコンクリートの壁だけ。当然窓もない。時間を感じあれないこの空間では苦痛に耐えるその一分一秒が果てしなく長く感じてしまう。
しばらくして、一日一回の食事の時間となった。先ほどのカレーが昼食であるから、これは夕食なのだろう。
しかし、とても珍しいカレーという食事を床に零した者へ与えられる食事はお世辞にも質素と言えるものではなかった。看守が持つトレーに乗せられている物は白く、どろりとした液体だった。それを腕の使えない由香へ流し込むようにして食べさせる看守。味は生臭さを感じる不味さがあり、喉へ引っかかる感触がとても悪い。一体何を調理したらこのような味と匂いになるのだろうと疑うほどそのスープは不味かったが、それでも残すわけにはいかなかった。器を傾けられ、何度かに分けてぐびぐびと飲まされると、胃の中はその液体でたぷたぷになる。
「うぐっ…」
胃から込みあがる空気が臭い。ただ、その匂いは看守にも届いているようで、彼女も眉を曲げていた。お粥のような固形物もなく、だけれども所々に塊があるような、そんなスープだった。
「これで食事は終了です」
由香は出されたそのスープをすべて飲み切った。しかし、由香にはまだ看守に用事があるのだった。それは下腹部にたまる排泄欲だった。
「あ、あの」
由香は話しかける。
「どうしましたか?」
「七番、排泄を希望します…」
「……まぁいいでしょう。排泄許可します」
由香はいつこの拘束から解放されるのだろうと、今か今かと待っていたがその様子はなかった。しかし、いくらたっても解放される気配はなく、清掃に使用するバケツに水をためて待つ看守と視線が合っても指示がない。
由香は視界の端に移った、房内の床にある排水の穴が目に入り何かを察する。
「どうしましたか、排泄の許可は出しましたよ」
淡々と言い直すその言葉に由香は意味を理解した。股枷を咥えこまされたまま、そして首輪と腕の拘束を解かぬまま、その場で排泄をしろと彼女は言っているのだと。
今まで幾度となく監視の元排泄を行ってきたが、それは床に嵌め込まれた便器があることが常識であった。しかし、今回はそれとはまったく別の状況だ。
静かに呼吸を整えて下腹部の力を抜く。
「あまり待たせるようですと、排泄許可を取り消しますよ」
「ご、ごめんなさい。今します…」
「なら、早くしてください。まだ仕事が残っていますので」
環境による緊張はとても大きかったが、排泄許可を取り消されては大変なことになってしまう。由香は焦りながらも、ちょろちょろ、と尿を垂れ流した。
「送られてくる子は、禁固からだって?」
「そうよ、確か過去最長だったらしいわ。12歳から入って6年間のフル。12歳の誕生日と同時に連れていかれて、そのまま…」
女子拘置所から数時間の距離にある、女子刑務所。そこで働く刑務官の佐々木と谷口は本日刑務所へ移動となったある女性の話で盛り上がっていた。お昼の合間、各自持ち寄った弁当の中身を箸で突きながら世間話でもしているかのように話していた。
「12歳ってことは…中学生も高校生も体験してないのですね。かわいそう」
と谷口。
「あんた、かわいそうって言うけど被害者の方に失礼よ。加害者の肩を持って何になるのよ」
「そ、そうですよね。禁固されるほど重罪なのよね。その子にはしっかりと反省してもらわなきゃ」
そう言うと佐々木は弁当に入った卵焼きを箸で突き刺した。それをぱくりと口の中へ運ぶと、決意を固めたように真剣な眼差しを谷口へと送る。
「どんな犯罪にも被害者はいるから、ね」
「そうですね…」
すると昼休憩の終了を知らせるチャイムが休憩室に流れた。二人は弁当が途中であることも構わず、風呂敷を閉じる。机の上に置いてあった、ここの看守の証であるIDカードを首から下げ、これから女子拘置所から送られてくる、ある少女の引き渡しに準備を進める。
「ほら、先に行くわよ」
「ああ、すみません佐々木さん。私もすぐに行きます」
谷口は机の下に隠していた一つの紙袋の口を開く。そこには6年前、その少女へ渡したはずの誕生日プレゼントの熊のぬいぐるみが入っていた。
「あなたは、ご主人様と6年ぶりの再会ね……」
消え入るような独り言をこぼすと、紙袋の口をセロハンテープで軽く留めて、谷口は佐々木の後を追った。
女子刑務所から20分程度離れた病院から事前診察を受けてやってきた少女、飯田由香。少女と言っても、彼女の年齢は女子拘置所に収容が決定されてから6年という長い年月が経過しており、齢18歳であった。人間が感じる人生の体感時間というものは年齢が若ければ若いほど長く感じるものであり、12歳から18歳までの6年間というものは、この判決を望んだ人々が感じている成人の6年間とは比べ物にならない程長いはずだった。
身に着けているのはズボンを履いていない下半身のショーツをギリギリ隠せる程度の丈があるシャツと、そのショーツだけ。これから身体検査諸々を行う部屋に入ってきた彼女の生足は少し力を加えれば折れてしまいそうなほど細く、毛の処理が許されていないためか、薄めの体毛が覆っていた。手首には逃走防止のための手錠がきつく嵌められ、そこから伸びる捕縄が彼女のウエストに巻き付いていた。
「飯田由香さんですね」
「はい…そうです」
刑務官の制服をしっかりと着こなした谷口がそう言うと、生気を感じられない瞳をこちらに向けながら由香がそう答えた。
女子拘置所で青少年禁固刑に科せられた少年少女達はその期間を厳しく管理されている。そこに自由はほとんどなく、やせ細って移動という疲労からすでに足が震えているような彼女のように、運動という運動はさせてもらえていないのだろう。6年前に見た身長とは大きく違っている由香の姿に嬉しさの半面、憐れみを抱いてしまう。
ただ、由香の様子を見る限り、谷口が児童養護施設の職員であったことに気が付いたようには見えなかった。
「これより、身体検査を始めます」
悔しさをぐっと抑え込み谷口はそう言った。
この数年間でやっと握る権利をつかみ取った。その手錠の鍵を握りしめて、まだ自分の正体に気が付いていない由香の手錠へそれを差し込んだ。
服を脱がし、体のあらゆる場所を検査する。青少年禁固刑という厳しい環境で違反物を持ち込む隙は一切ないと思うが、形だけの検査だった。髪を揺らし、口、耳、鼻の穴を軽く検査し、検査棒を使って彼女の肛門と膣をまさぐる。体には未成年に対してのみ許されている体罰の傷跡が多く残されていて、それは古傷であったり、まだ付けられて新しい物もあったりした。10年近く彼女と一緒に過ごしてきたこともあってか、その一つ一つの傷に怒りがふつふつと湧いてくる。
そして、気になることは、彼女の処女膜が破れていることだった。隠れて自慰をしたのだろうか。それとも。
谷口はその予感を振り払う。
「これが、あなたがここで着る囚人服です。着替えなさい」
「えっ…」
身体検査を終え、由香へ渡した服はなんの変哲もない上下のスエットだった。この女子刑務所内で服役している女性が刑務の作業で製作したもので、色も質素かつ、デザイン性のないシンプルなものだった。
由香はそれを受け取ると困惑した表情を見せた。
「どうしましたか」
「長いこと、このような服を着てこなかったもので…少し驚いてしまいました」
由香はそう言うと、ぎこちない手つきでその囚人服を着ていた。
本当に大きくなった、とその体つきを見ながら谷口は心の中でつぶやく。
由香が服を着終わると自分の荷物が入った籠を持たせて、はじめの一週間を一人で過ごす単独部屋に連れていく。すでに刑務所内に入ったため、移動に手錠と腰縄による拘束はない。ただその代わりに刑務所内の扉の一つ一つには刑務官が持つ鍵束の鍵でしか開くことができない閉鎖空間で生活をすることになる。
「止まりなさい。ここが、あなたが一週間生活する単独部屋です」
「……」
廊下の壁に等間隔に作られた金属製の重厚な扉。そこには部屋の中を確認できるような鉄網と鉄格子の壁がいかにも刑務所であることを強調させてくる。部屋の中には洋式トイレと洗面台、そして畳まれた布団とその隣に卓袱台がひとつ。
「どうしましたか?」
「意外と広いのですね」
「……」
今度は谷口が絶句する番だった。目の前に作られた小さな独房はこの刑務所の中でも一、二を争うはずだった。その広さは大体4畳程度。ほとんどの人がその空間に窮屈さを覚えるはずだが、彼女は一体どれほどの空間に収容されていたのだろうか。そのことが頭から離れず、言葉を失う。
「あの、入ってもよろしいですか?」
「あ、ああ、許可します」
由香がサンダルを入口で脱いで部屋に上がると、谷口はその扉に鍵をかける。そして扉に取り付けられた監視窓を開いて中を確認すると、由香と目が合う。左手に握った紙袋の中身を取り出した
「飯田由香さん、あなたに見せたいものがあります」
「……」
食事などを受け渡しする小窓にそれを置いた。チョコレートのように濃色の毛並みに包まれたくりくりとした目を持つ熊のぬいぐるみは、由香が12歳の誕生日に渡したプレゼントだった。由香はそれを何も言わずに受け取る。じっとそれを見つめ、興味のないおもちゃのような目線を送っていた。
「由香ちゃん…?」
プレゼントを渡した谷口にとって由香のその反応は全くの予想外のものだった。
「なんですか、これは…」
「っ……」
由香はそのプレゼントを覚えていなかった。いや、覚えていないというより自分の記憶に自ら蓋をしているかのような、そんな気がした。
由香のその反応に再び言葉を失う。胸に手をあて、底からこみあげてくる熱い物を必死に抑え込んだ。
「覚えがないようでしたら……返却してください」
「私は生まれてからずっと牢の中で生活してきたので、このようなものはわかりません」
「……そう、ですか」
精神に異常があることははっきりと判明した。成長期という人にとってあまりにも大事な時期に6年という長い年月を狭く暗い牢の中で生活していくということの恐ろしさを肌で感じ取る。感情の起伏が全くなく、記憶力にも異常がある。それはあまりにも残酷なことで、青少年禁固刑に対して怒りがふつふつと湧いてくる。
谷口は由香からそのぬいぐるみを受け取ると、刑務所内の規則が書かれた冊子を手渡してその場を後にした。
遡ること18年前の事。
飯田由香の母親となった飯田佳代子は刑務所が指定している警察病院で出産を終えた。目が覚めると目の前に見えるのは規則的な模様が並べられた警察病院の病室の天井だった。意識が朦朧として、頭が痛い。口にはマスクのような人工呼吸器が取り付けられ、腕には点滴の針が刺さっていた。
佳代子はその重い体をゆっくりと起き上がらせた。
「ん、あっ、目が覚めましたか!先生!飯田さんが覚醒しました」
落ちないよう体に抑制帯が巻かれているベッドの横で、点滴の交換をしていた看護師が佳代子の事を二度見、三度見して驚きの声をあげた。
ここはどこだっけ、とまだ覚醒して間もない頭で今の自分の状況を思い返す。たしか、刑務所から警察病院まで運ばれて、分娩台に乗せられたことは覚えている。
「はっ!」
佳代子は自らの腹にあった大きな存在が消えていることに気が付いた。いない。ということは、出産したのだろうか。そのようなという疑問が繰り返され、そして、その大きな存在、つまり我が子が今どこにいるのかがとても心配になった。
しばらくすると、佳代子の担当医が病室へ駆けつけてきた。
「飯田さん、目が覚めましたか。体調はどうでしょうか、どこか違和感があったり…」
真っ白の白衣にネームプレートを首から下げた男性医が落ち着いた言葉でそう問いかけてきた。しかし、佳代子にとって我が身よりも大事なことがとても心配だった。
「あ、あの、おなかの子は…私の子はどこに」
「大丈夫ですよ、落ち着いて下さい、お子さんは今安全な場所にいます」
その後、佳代子には出産した後の出来事を順を追って説明された。まず、産まれてきた子供は女の子であるということ、そして、その子に佳代子が残したメモによって由香という名前が付けられたということ。
そのことを聞いて佳代子は一時的に落ち着いた表情を見せた。出産時についたと思われる手首に残った手錠の痣を眺め、自分がしっかり出産できたことを認識していた。しかし、次に医師から言われたことはあまりにも残酷なことだった。
「出産を無事に終えたあなたは、衰弱しきっていました。出血も多く、すぐには立つことが叶わない状況でした。しかし、飯田さんをここまで連れてきた刑務官はその後すぐにあなたを歩かせ、刑務所へ帰路につこうとしていました。あなたの体を強引に起こして、出産時につけていた手錠をそのままに、意識朦朧としているあなたをそのまま歩かせました」
「で、では、なぜ私はここに…」
「それは、その移動に耐えられないと私達が判断したからです。規則上、出産を終えて子供が孤児院に引き渡された後は母体はそのまま刑務所へ直帰になります。ただ、それはあまりにも母体の事を考えていなさすぎる。そこで私達はあえて精密機器から異常値を知らせるような操作を行いました。血圧低下、そして心拍数低下。それを普段は鳴らないような異常を知らせる警報音を鳴らして、わざと刑務官達を驚かせました。流石の刑務官達もその警報音には無視できなかったようで、慌ててあなたを私たちに引き渡しました。」
「それで、私は…」
そして、一呼吸おいて男性医師がこう話した。
「あなたは今、死んだことになっています。出産時の衰弱により飯田佳代子は命を落としたと。そして今からあなたは同時刻にこの院内で死亡した谷口涼子として生活することになります。丁度、谷口涼子という人物は教員免許を取得していますので、ある場所の児童養護施設に……」
「ちょっと、待ってください!」
次々に出る驚くべき情報に佳代子は話を止める。ベッドの隣で説明をする男性医師の腕を掴み、頭の整理が追い付いていないことを伝えた。
飯田佳代子が死亡していることになっている、そして、この病院で死亡した谷口涼子という人物の代わりとなって生活をする。わけがわからなかった。まだ覚醒しきっていない頭をフルで回転させて状況を理解しようと頑張った。
「つまり、私はもう刑務所へ戻らないってことでしょうか」
「だから、そう言っているじゃないですか」
「な、なんで、私は人を殺した、のに」
佳代子は3人の尊い命を奪った重罪人だ。然るべき裁きを受け、然るべき罰を科せられた、決して許されてよい人物ではないはずだった。しかし、この男性医師は同時刻に亡くなったある女性と引き換えに、刑務所から解放させようとしている。そんなこと。
そこへ男性医師が、「ですが」と続けた。
「私はあなたが犯した罪を庇うつもりはありません。人を殺してしまったあなたは、それ相応の罰を受けるべきだと私は思っています。しかし、それはあなたの都合です。私の都合ではありません」
「なんですか、あなたの都合とは」
「私は医者ですよ。人の命を守るために働いています。もしあのまま、あなたを刑務所へ帰していたら死んでいたかもしれません。そして、あなたがあのまま回復して刑務所へ送り返されたとしても、あそこはあなたの命を保証してくれるような場所ではないと、私が判断しました。あなたのような犯罪者であっても命は命。刑務所のように権力に溺れた人が働く場所は命を軽視しているといっても過言ではありません。なので、あなたは私の都合で谷口涼子と呼ばれる人物と入れ替わりました。もし、この事実を公表したければどうぞ、管轄の法務省へ行ってください。ですが、もし自主という道を選ぶのでしたら、あなたのお子さんとは一生会えないかもしれませんが」
口にたまった唾液を飲み込むのも忘れて聞き浸った。男性医師の腕を掴んだ自分の手は気が付けばするするとベッドの柵へ落とされていた。
ふたつの選択。一つはこのまま自分が谷口涼子と入れ替わったことを法務省へ連絡し、身柄を拘束してもらうこと。そしてもうひとつが、このまま谷口涼子として生きていくこと。それはこの世に無責任に産み落とした我が子へ出会うチャンスになる、たった一つの希望だった。
事前にされた説明によると、我が子は孤児院に送られて、佳代子が刑務所を出るころにはすでに30代。そして佳代子は60代になっている。そんなこと、選ばせているようで選択肢はただひとつだった。
「わたし、自分の子に会いたいです……」
END