初詣の巫女さんのお話
🕑 Added 2025-01-11 07:33:07 +0000 UTC
初詣。
それは来る新年の幸福と繁栄を神に願い、一年の計をはかるというもの。
民の心から神への信仰が失われつつある時代でも、この時ばかりは皆熱心に祈りを捧げる。
特にそれは普段の暮らしが苦しくなるほど熱心に、まさに困った時の神頼みと言う如くに。
30年もの年月を「失った」とされる昨今、この元旦の大いなる神頼みはある種の一大イベントとして成り立っていた。
「おみくじですねー!はいどうぞ!」
だがそんな人々の想いとは裏腹に、当の神社仏閣の抱える事情は深刻だった。
国中で人手不足が囁かれる昨今、これら神職もまた例外なく人手不足に悩んでおり……
後継者不足による取りつぶしなどは珍しくなく、その対処は喫緊の課題であった。
神社そのものの減少により、初詣需要はまだ残っている神社に集中。ひとつの神社に隣町からの参拝客までもやって来るようなことは珍しくない。
朝早くから年若い巫女の声が響く、この【金満神社】においてもまた、その人手不足と需要集中の波は押し寄せていた。
(お父さんが風邪でダウンして、お母さんはそっちにつきっきり……それはいいとしても)
(だからって一人娘にワンオペさせる普通!?代わりの誰かくらい探しといてよ!!!!)
(まあそりゃ巫女の成り手なんてそうそういないでしょうけどさ!元巫女のおばちゃんとかおばあちゃんとか誰かしらいなかったの!?)
(それにこの混み具合見てよ……最後尾なんか見えないとこまで続いててさ……そりゃ不景気だからウチに来るのもわかるけどさ……)
金満(かなみつ)神社。金満(きんまん)とも読むことのできるその名の通り、ここでは財産にまつわる神が祀られている。
不景気が続くこの頃である。初詣をこの神社で祈り、ご利益にあずかろうとする者が多くても不思議はない。それだけに単純で明快な、人が多すぎるという問題が発生していた。
隣町からも集った人々でごった返す境内は、その終わりが見えないほどにまで。
だがこの神社の抱える問題はそれに留まらず……
本来なら今日この場にて八面六臂の活躍を見せているはずの神主が風邪を引き、その補佐をするはずの母はそちらにつきっきり。
神社の一人娘にしてリアル巫女系インフルエンサー、金満 美愛がここの番を任されているのだが……
彼女ひとりのオペレーションで、はたしてこの行列をどうしろと言うのだろうか。
(まあ、緊急事態ってことで甘酒だの御神酒だのは無しになったのはいいけど……)
(破魔矢とかおみくじとかのお渡しにしても、一人で捌くのはぼちぼち大変なんだけど……)
(夕方からはバイトが来るとか言ってたけど、それしかいないの……?)
当然交代要員がいないということはない。だがそれは彼女と入れ替わりでやってくるものであり、いわばシフト制。
彼女と「一緒に」この場を切り盛りしてくれる存在は、残念ながら一人もいなかった。
しかもその入れ替わり要員にしろ、別に神社の後継者というわけではない。人手不足を補うため、時給いくらで雇われた近所の女学生バイト。
もちろん有難くないわけではないが、なにやら複雑な気持ちにもなる。
バイトを入れて凌ぐつもりがあるのなら、今、この場に、もう一人くらいバイトがいてくれても……と。
たとえそれが巫女さん衣装目当てのものだとしても、いないよりずっとずっとマシなのだから。
(…………まあ私だって別に、コス目的ではあるしね)
それに実は、巫女衣装目当てなのはバイトだけではない。
他ならぬ美愛自身、若干の「オタク」気質。神社の跡取り娘で、生粋の巫女という自身のステータスを活かさない手はない。
気が向いた時こまめに自撮りを撮影し、アップロードした写真や動画で今や彼女はちょっとしたインフルエンサー。
どんな下心があるにしろ、ここに来てくれるのはそれだけでありがたいものなのは彼女がいちばんよく知っている。
(早く来てくんないかなー……この列が捌けるまで、ひと息つく暇もないや)
ワンオペ最大の問題である、人がいる限り一切休まる時が無いという問題。
もう一人だけでも人がいれば、多少なり仕事を分散させて負担を軽減することができるのに、それはできない。
席を外すような用事があっても、それさえできないのだ。
(…………列、捌けるといいけど)
彼女が休まるとしたらそれは、ここにいる人たちを捌いた時。それだけなのだ。
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9:00
『あら~美愛ちゃん!あけましておめでと~!神主さんから今日は一人って聞いて、差し入れ持ってきたのよ~』
「あ、どうもあけましておめでとうございますー。差し入れってなんです?」
『今日も寒いでしょ?だからほら、あったまるお茶。持ってきたわよ~』
「おおー!ありがとうございます!正直ここめっちゃくちゃ寒くて……」
『そうよねえ~。それにそんな薄着じゃあ猶更でしょ?』
「まあ巫女服の下にはいろいろ着込んでますけど、外にずーっといたらそれはもう……さっきからぶるぶるしっぱなしですよ」
朝の9時。だいたいの人が活動を開始するこの時間には当然、より一層多くの初詣客がやって来るもので。
列がはけるどころかこれまで一度も休憩を取れていない美愛の身体は、すっかり凍えきっていた。
ただでも軽装な巫女衣装である。人に見えない内側はヒートテックなどで覆っているとしても、顔や手先などは普通に素肌。そこから冷えはやってくる。
すっかりかじかんだ彼女の手に、近所のおばさんが注ぐ魔法瓶のお茶はなんとも染み渡る心地だ。
それを飲み下した時の、内側から温もりが広がっていく感覚のなんと気持ちがいいことだろう。
寒くて滅入っていた気持ちも、表情とともにぱあっと明るくなる。
「あったかい……おいしい~!」
『まだまだあるから、いっぱい飲んでいいわy……あら?あらら』
おかわりを注ごうとしたおばさんだが、それはコップの半分程度で止まってしまう。
どんなに傾けてもぽたぽた雫が垂れるだけで、これ以上出てくる様子はなかった。
『……そうだったわ。ここに来るまでいろんな人のところ挨拶に行ってきたから、その時にあげちゃったんだった。ごめんねえ~……』
「い、いえいえ!とっても嬉しかったですよ、ほんと!」
『あーすいません、おみくじもらえますか?』
「ああぁごめんなさい!おみくじです、どうぞ!」
『……あら、お邪魔かしら。それじゃあね美愛ちゃん!また今度ねえ~』
「あ、はーい!お茶ありがとうございました!」
そんなやり取りをしているおばさんと美愛との間に、その他の参拝客が割り込んでくる。
言うまでもなく今の美愛は巫女としての業務の最中。おばさんの気遣いは有難いが、ほかの参拝客からしてみればあまり話し込まれても困る。
空気を読んで退散していくおばさんを尻目に、美愛は業務を再開するのだった。
11:00
「はいどうぞ、破魔矢ですー!」
(…………まずい)
「はーいこちらおみくじです!開いたおみくじはあちらに結んでくださいねー!」
「おみくじ3つですねー!はいどうぞー!」
「あ、今年も来てくれたんですね!あけましておめでとうございますー!今年も破魔矢、持っていかれますか?」
(…………まずい……)
(身体、冷えたからかな……それともさっきのお茶……?)
(ううん、それより列が全然消えないことの方が……)
(…………トイレ、行きたいのに……)
美愛がここに立ってから、かなりの時間が過ぎた。
それでもなお境内の行列は消えるどころか勢力を増しており、巫女の業務は今まさに繁忙を極めていた。
そんな最中に、あるいはそんな時だからこそ、美愛はある欲求に悩まされていた。
人が生きていれば避けることのできない欲求。排泄欲に。
(まあ、まだ大丈夫だけど……危なくなる前には行っときたいなあ)
『……おっ、いたいた!美愛ちゃーん!』
「……あ、お父さんのお友達の……あけましておめでとうございますー!」
『はいよ、あけましておめでとう。神主さんから聞いたよ、今日一人なんだって?俺も手伝ってやりてえが、巫女じゃねえしなあ』
「あはは、おじさんがこんなとこにいたらウチがやばい神社だと思われますって。顔的に」
『っははは、そりゃそうだ!……っと、そんなワケだから差し入れのひとつでもと思ってよ。ほらこれ、あったか~い缶コーヒーだ。美愛ちゃん用に甘いのにしといたぞぉ~』
「…………その辺の自販機で買ったやつですよね?」
『いや、一本買ったら当たった』
「えぇ……」
自販機で適当に差し入れを買う。ののさらに下を行くおじさんからの差し入れに絶句しつつも、とりあえず差し出されたものに手を伸ばす。……すると
『ゴラァあんた!!!!!美愛ちゃんに景品のコーヒーなんてクソしょぼいもん渡してんじゃないよこんダラズァ!!!!耳引き千切ってやろうか!?』
『いぃ!!?いや待て違うぞ!これはその、せっかく貰ったもんを有効利用しようとだな……』
『若い子にやっすいモン押し付けて悦に浸ってんじゃないよ道楽モンが!!!!!贈り物するってんならもうちょっとマシなもんにしな!』
『わ、悪かったよぉ……そんな怒んなよぉ……』
『ったく、ほら行くよ粗大ゴミ!じゃあねえ美愛ちゃん、ウチのが迷惑かけてごめんなさいねえ~』
「…………………………なんだったんだろアレ」
目の前で繰り広げられる恐妻家強面男性と、圧倒的な畏怖を以て君臨する天下のカカアとの一方的な戦を見せつけられた美愛は、今の気温よりもなお凍り付いた視線で二人の去っていく姿を見つめるのだった。
12:00
「はーい、おみくじのお渡しですー」
(……まずい、なあ……きょう、一回も休憩できてない……)
(お腹すいたし、なにより……トイレ……)
時は経ち、迎えた正午。
真昼を迎えてもなお初詣の勢いは留まるところを知らず、美愛の仕事は未だ減る気配を見せずにいた。
巫女とはいえ人間である。今日がワンオペであることはある程度知れ渡っているため、その気になればおにぎりを摘まむ程度はできただろうが……
(……でも、こんなに人がいちゃなあ)
それでもこの人だかりである。食べようとした端から参拝客がおみくじや破魔矢を求めてやってきたのではそれどころではない。
食べる暇さえも、今の彼女には存在しないのだ。
『……あ、ねえアレ、MIAさんじゃない!?』
(…………?)
そんな時、美愛の方に向かってくる若い女性二人組。
スマホを手に近づいてくるその二人は、どうやらSNSにおける彼女のファンだそうで……
『いつも見てます~!巫女衣装かわいいですね!あ、これ来る時に買ってきたネオ祇園の抹茶ラテなんで、気が向いた時に飲んじゃってください!それじゃ、応援してま~す!』
「あ……ありがとー!」
口早に彼女へ話しかけると、最近話題になっているらしい和カフェの新作を押し付けて帰っていった。
できれば食べ物が欲しかったと思いつつ、せっかくの厚意を無碍にもできない。
美愛はネオ祇園謹製抹茶ラテをずず、とストローでいただいてみる。
「…………にがウマ?」
抹茶らしい苦味の中にも確かに感じる優しい甘み。苦いのは苦いが、だからといってそれが不快なわけではない、絶妙なバランス感覚。
なるほど人気がでるわけだと思いつつ、美愛はいただいたラテを半分くらいまで飲むのだった。
12:30
『あ!美愛じゃーん。聞いたよ?今日ワンオペなんだってね。お疲れかと思ってこんなん買ってみたんだけど、いる?』
正午過ぎ。まだ激務から解放されない美愛のもとに、見知った顔が。
それは彼女の学校での友達であり、この子もまた初詣に訪れていたのだ。
その手には、怪しげなエナジードリンクが握られていて……
「…………なにそれ」
『BAKEMONNあるじゃん?エナドリの。その新作で、海外基準に合わせたカフェイン数倍容量3倍のギガバケモン……』
「いらない……」
『飲んで♡』
「いらない……」
『飲んで♡♡♡♡』
「いらnグムゥッ!?」
いつの間に用意したのか、缶に突き刺したストローを美愛の口にずぶり。
ついでに鼻も摘ままれ、逃げることのできない美愛はエナドリをずじゅううっ、と……
「…………っぇっほ、うぇっほ!!?うっへぁ、濃っ……!」
『んっふふ~、飲んだね?バケモン飲んだね?ちょっとだけど』
「うぁ~……なんか身体ぽかぽかするぅ……」
『そういえば高麗人参だかも入ってたっけ。まあ毒味も済んだし、あとはコッチで処理しとくわ。じゃーねー!』
「なにしに来たんだ……!」
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15:00
賑やかな、かくも賑やかな午前を過ぎて……
午後3時の神社は、今もなお大盛況だった。
通常このくらいの時間になれば、新年を自宅で過ごそうとする者が増えてくるはず。だが今年に限っては、皆の初詣への執念が安らぎへのそれを上回っていて。
一番混むであろう年越し後や午前を避け、このくらいの時間に来ようとする者がこれまた大勢訪れていたのだ。
もしかすれば午前のそれと大差ないほどの混雑ぶりを前に、美愛もまたてきぱきと仕事に励む
「……っ、は、はい~、おみくじ、ですね~」
かと思いきや、その動きはどこか精彩を欠いていた。
いつもなら無駄のない動きで仕事をこなすところ、今は意味があるのか不明な動きが増え……
手にしたおみくじなども、渡す手がどこか覚束ない。
それにはある理由があった。
(ひ、人、来すぎ……!朝からずっと、トイレ行けてない……!)
朝からこっち、空いた試しのない金満神社の境内。それは必然、彼女の自由が一度も訪れなかったことを表していて。
朝も早い午前6時に前日のバイトと交代し、それからずっと社務所に立ち続けていた美愛。それから9時間の間一度も許されていない生理現象が、当然の帰結として彼女を苛む。
(もう、人がいなくなれなんて言わない……言わないから……)
(せめて、早く終わって……!)
代わりがやってくる17時まで、あと2時間。
もはや人がいなくなることに期待などしない。だからせめて、少しでも早くと。
新年早々、この場の誰より切迫した少女が祈りを捧げるのだ。
18:00
冬の陽は短い。早ければ午後4時ごろから傾き始め、5時にはすっかり暗くなる。
そうやってすっかり暗くなった時間でも依然、多少減りはしても初詣客はかなりの勢いでやってきていて。
「は、はいっ……はまやの、おわたしです……!」
そして美愛はまだ、この場で巫女としての仕事に従事していた。
交代がやってくるはずの17時をまわってなお、なぜ彼女がここにいるのか。
そこには急ごしらえのバイトであるがゆえ、起こりうる切実な事情があった。
「……だ、大丈夫かな……?人が来たらこうやって、渡せばいい、からっ……!」
『ふん……ふんふん……なるほど!思ったよりシンプルなんですね!たぶん大丈夫だと思います!』
そう。誂えられた交代要員は、素人も素人。今日が初勤務という有様で、初詣シーズンという激戦区を生き抜くには余りにも心もとなく……
また巫女の仕事そのものが初めてである彼女に、着付けを教えてあげるのもまた先輩巫女のおしごと。それだけで1時間近くもかかってしまったのだ。
特に今はまだまだ人の入りがある時間。着付けを教えつつやって来る人々を捌くのにはたいへんな労力を要した。
「ど、どうかな……?一人でできそう……?」
『うーん……思ったより簡単そうではありますけど、正直いきなり一人でってのは……』
「そ、そう、だよね……っ」
「だ、だいじょぶだよ……!しばらく、残ってるから……!」
もじもじと、身を捩りたくなる衝動を堪えながら。
美愛はまだまだ不安でいっぱいの新人巫女のため、粉骨砕身の覚悟を決めるのだった。
19:00
「うああああああぁぁっ………………!!!」
だだだだっ、神社のすぐ近くにある家に向かって一目散に少女が走る。
あれから1時間。はやくはやくと叫ぶ心の声を押し殺し、涙を呑んで新人巫女のひとり立ちを見届けた美愛は、13時間ぶりに自由を得たのだ。
巫女装束から着替えることもなく、ただひとつの目的がため少女は走る。
「た、ただいまぁっ!ああぁ、もれるっ、もれるぅっ!」
帰りの挨拶もほどほどに、美愛は13時間焦がれ続けた場所へ一目散に駆けていく。
ずっとずっと待ち望んでいた、トイレ。
あとはこれまで我慢し続けてきたものを思いっきり……
というところで、最後の壁が立ちはだかる。
近年はコスプレの色が濃くなっているとはいえ、本来は神聖なものである巫女装束。
神に仕えるものの纏う装束であるこれは、本当なら相応の扱いを求められるものであるのだ。
投げず、置かず、跨がず。3つの原則による装束の取り扱いは、バイトならばいざ知らず跡取り娘であれば当然叩き込まれて然るべきもの。
そしてそもそもが脱ぎづらい緋袴である。着ている服が最後の障害となるのは、無理もないことで。
焦り、震える手で紐をほどいて、傷つけないようそっと、そっと。
力を込め続けた出口が痺れのアラートを発し、トイレを目の前にした身体が「その気分」になってしまっていても、それでも歯を食いしばって。
「ああぁ、おしっこ、おしっこ……おしっこ……っ」
偽りのない本当の願いを、うわごととして溢れさせながら……
美愛はやっと、服を脱ぐことができた。そして……
「あああああぁぁああああっっっっ!!!!」
がんっ!!まるで突進するように洋式便座へのしかかると……
巫女としての作法で下着を纏わぬ下半身から、勢いよくオシッコを叩きつけた。
びじゅううぅうううぅううううーーーーーーー!!!!!!
「ふはぁ……!はあ、ああぁ……!」
13時間もの間、寒空の下で耐え続けてきたそれが解き放たれた瞬間、お腹を中心に温かい何かが広がっていく。
背筋をぶるぶると震わせながら、トイレ中に響く音と共に……
美愛は我慢に我慢を重ねたオシッコを、夢中になって絞り出すのだ。
我慢のごほうびと言わんばかりに身体を包む、たくさんの「しあわせ」を感じながら。
金満。まさにその名の如く、黄金色の幸福が彼女に訪れるのだった。