時代に埋もれた蛮族たち
🕑 Added 2018-08-31 11:55:31 +0000 UTC
カツンカツンと革靴がアスファルトにあたる音が響いている。
人気のない深夜2時ごろ。終電を逃したサラリーマンの野島京悟は住宅街を歩いていた。
カツンッカツンッカツンッカツンッ…
ピタリと足を止める。
カツンッ…
やっぱりだ。誰かにつけられている。京悟が足を止めると一拍遅れて靴音が止まる。ひったくりか?それとも強盗?給料日直後で財布はいつもよりほんの少し分厚い。こんなことならタクシーに乗ればよかった。狭い通りに入る前から乗れば、1000円もしないで無事に家へと帰れただろう。まだ何もされていないのに警察に電話もできない。何よりその声を聞かれて逆上して襲われたらたまったものではない。
走って逃げるか?いや、もし家までついてこられたら…街灯の下でスマホをいじる振りをしながら色々なことを考えていると
カツンッ、カツンッ、カツンッ、カッカッカッカッカッ!
後ろで止まっていたはずの靴音が激しくなる。
しまったと思って後ろを振り向いた刹那
「捕まえた…。」
死んだように青白い顔の、しかしやけに屈強な男に肩を掴まれていた。
目を覚ましたら部屋の中だった。
自分のベッドにいつものTシャツ、スウェット姿で寝ている。
なんだ?リアルな夢だったのか?
それにしてはうなされた記憶もなき、目を覚ました気がする。
時計は午前3時を示していた。
まだまだ寝れるな…
そう思った京悟はまたタオルケットにくるまり、目をつぶった。
やけにビンビンに張り詰めた自身のペニスは、朝立ちのようなものだろうと深くは考えなかった。
翌日は普通に出社した。
いつも通りに仕事をこなす。
自分としては何の違いもないつもりだった。
しかし
「おい、野島。お前大丈夫か?」
「野島くん。顔色が悪いぞ。」
などと同僚や上司に次々と心配の声をかけられる。
自分とそてはいつもと変わらない、むしろ疲れも覚えず動くことができて今日は調子がいいくらいに思っていたので、これは意外だった。
「そうですか?体はすごく軽いんですけどね。」
そう言って笑って見せても、上司の顔は変わらなかった。
気になってトイレに行って鏡を見てみると、髪のように真っ白な顔が自分を見つめ返していて驚きのあまり悲鳴をあげそうになった。
頬もこけ、目も落ち窪んでいる。
昨夜見た夢の不審者に似てる…
不意にそんなことを思いつくが頭を振ってその考えを追い出す。
これは病院に行った方がいいのだろうか。いや、少し疲れが気づかないうちに溜まっただけだ。現に体は何も問題ない、むしろいつもなら避けてしまう階段もスイスイと登って行けるくらいだ。ちょっと休めば良くなるだろう。
そう考えてこれ以上考えるのをやめた。
そういえば今日は朝はなんだか空腹を覚えず、朝食も食べてないし、昼もなんだか食べたい気分にならなくて食べていないんだった。だから異様に顔色だけが悪くなったのかもしれない。きっとそうだろう。朝起きてから10時間以上経っているが、水も飲んでないし、今鏡を見に来るまで用をたす為にトイレにも行ってなかったことに気づいて、あまりにも不健康そうだから小便器に立ってチャックを下ろしたが、何も出てこなかった。
なぜか軽く硬さを持っていた性器をスラックスに押し込んで、オフィスに戻った。
早く帰れという周りの声を押しとどめて深夜12時になるまで野島はオフィスに残っていた。
仕事に没頭している方が、ごちゃごちゃと余計なことを考えなくていいような気がしたから。
「今日は終電乗って帰るか…。」
昨日は1時間ほど歩いて帰宅したのが良くなかったのだろう。電車に乗れば片道15分だ。疲れている自覚は全くないが、周りがあれだけうるさいし、夕方に鏡で見た自分の顔はまるで死人のようだった。真夜中までわざと残業しておいて言えることではないが、少し自分に優しくしよう。
最終のアナウンスに滑り込み、ガタンゴトンと揺られているうちにウトウトとしてきた。立ったまま寝るだなんて、やっぱり本当は疲れているのかもなどと今更ながら思う。
「ドアが閉まります。ご注意ください。」
お決まりのアナウンスを聞き逃してまどろんでいると、ドアが閉まるやいなや京悟の全身に電気が走ったような快感が流れた。
ドアが閉じて密閉空間となった車両の中で何かとてつもなく美味そうな匂いがする。いや、美味そうなんて言葉では表現しきれない。食欲も、睡眠欲も、性欲をも凌駕する、すさまじい渇望。
溢れるように分泌されだした唾をなんども飲み込んでキョロキョロと車内を探せば、こざっぱりとした短髪のサラリーマンが目に入った。持っているカバンも、着ているスーツもまださほど馴染んだ感じがしない。新卒で入ったばかりのフレッシュマンだろうか。汗ばんだYシャツが極上の肉汁のようにしか見えない。涼しげな目元に疲れを漂わせ、イヤホンを装着した青年を食い入るように見てしまう。
食べたい…いや、何を考えているんだ。
でも美味そうだ…人間を見て美味そうだなんて、俺は頭がおかしくなったのか?
チンポ、しゃぶりたい…俺にそんな気はない。
精液、飲みたい…俺にそんな気は無い。疲れているだけだ。
彼を見ているだけでゾクゾクと湧き上がる内なる声に理性で懸命に反論し続けるが、結局彼から目を離すことは一度もできなかった。
やがていくつかの駅を過ぎた時、彼が扉の前に向き直った。
降りてしまう!
本能が泣き喚く。
降りたからどうだっていうんだ、初めて見た奴がどこで降りようが俺には関係ない。努めて冷静に自分の中に訳もわからずわいてくる情欲を抑えようと試みるが、
プシューっと音を立てて電車のドアが閉まるのを背中で聞いて、彼が降りた駅のホームに立っていることに気がついた。
彼の背中が改札へと向かう下り階段に消える。
もう何も迷いはなく、京悟は彼の後を追いかけた。
カツンカツンと革靴がアスファルトにあたる音が響いている。
人気のない深夜12時過ぎ。終電で帰路に着いたサラリーマンの大坂壮介は住宅街を歩いていた。
カツンッカツンッカツンッカツンッ…
ピタリと足を止める。
カツンッ…
誰かにつけられてる…?
こんな入社5ヶ月の新卒サラリーマンの自分には当然ボーナスなんてものもなく、大学を出たと胸を張れないような初任給で田舎に戻りたくない一心で細々と都会の片隅で暮らしている自分を狙う強盗やひったくりがいたなら、むしろ逆に同情してしまいそうだ。
そんな冗談はさておき、壮介はなるべく明るい街灯の下で立ち止まり、スマホの音楽を変える振りをして、まだ見ぬ尾行者の様子を気配だけで伺う。
自分とリンクした奇妙な靴音に気づいた時から音楽なんてとっくに消していたが、イヤホンまで外して、相手を刺激しては元も子もないからとつけたままにしている。さてどうしたものだろう。
そんな思案にくれていたのは数秒のことだったのに、
カッカッカッカッカッ!
その隙に一気に誰かが駆け寄って来る。
とっさに振り向いて「何か用ですか?」と大声で尋ねようかと思ったが、それもできなかった。
青白い顔に落ち窪んだ目をして、こけた頬のスーツ姿の男。どう見ても映画でしか見たことのないゾンビそのものだ。咄嗟のことで声が出ない。
やばい。と思うよりも先にゾンビにキスをされる。舌が口の中に入って来る。気持ち悪…そう思った瞬間に声も出せずに壮介は道に倒れこんだ。
気絶した壮介を愛おしげにゾンビ男が頭を撫でる。
ここが路上で、男同士でなければ、美しいラブストーリーのワンシーンのように優しい手つきだった。
啄ばむようなキスを何度も繰り返し、ゾンビ男は壮介の股間をスラックスの上から弄る。
気絶しているというのに壮介の性器はムクムクと形を変えて行く。ゾンビ男は笑みを浮かべて、チャックを下ろして壮介のソレにむしゃぶりつく。
ピチャクチャッピチャックチャッ、ジュポォっ…
夜道には似つかわしくない音が響き渡るが、人の気配は相変わらずない。
壮介のふぐりをサワサワと揉みしだきながらゾンビ男は口淫を続ける。
気絶したままの壮介から時折
「んんっ…。うっ…。」
と呻くような喘ぎが漏れている。
ジュボォッ、ジュボォッ、ジュッジュッジュっ…
やがて来る瞬間に向けてゾンビ男の口は巧みに動いていく。
「っはぁあんっ…。」
壮介の口から一際いやらしい呻きが溢れると同時にゾンビ男の口の中に無数の白いオタマジャクシを含んだ壮介の命の源が噴射される。
ごくんっ、ごくんっと音がしそうな勢いでそれを飲み干すゾンビ男。その顔が街灯の頼りない光に照らされながら、徐々に生気を取り戻した顔色に戻っていくのがわかる。反対に見知らぬゾンビ男にフェラをされて精子を搾り取られた壮介の顔は土気色に変わっていき、頬がこけていくのがわかる。
放たれた壮介の全ての種を飲み干して立ち上がったゾンビ男は野島京悟だった。今日一日、心配された死人のような顔ではなく、活き活きと、むしろ精悍なくらいにキリッとした顔立ちで口元に残る精液を自身の指で拭い、それを口元に運んで舐めとる。
「フゥーっ…美味かったぜ。ありがとな。」
壮介は寝息のような音を立てたままで返事はもちろん無い。
「まさか吸血鬼なんて実在していたとはなぁ…そんでもって俺がその仲間入りだなんてイマイチ実感が湧かねえけど…。」
しかし自身が今しがた、この若き青年にした行為ははっきりと覚えている。
「血を吸って殺しちまったら、俺たちが狩られる対象になるから、代わりに無尽蔵の若い男の精子から生気を吸い取ることにして生き延びてたなんて、笑っちまうよ…。」
今では昨夜何があったか全て思い出せる。
自身も今ここに横たわる壮介と同様に、吸血鬼に襲われたのだ。
「適性があったら勝手に仲間にされちまうってのも難儀なもんだな…。」
そう呟くと壮介に向かって指をならす。すると寝息を立てたまま壮介は立ち上がり、用を足した後のようにまだ硬さの残る自身のイチモツをスラックスに押し込んで、フラフラと自宅に向かって歩いて行った。人を襲った跡がつかないように、吸血鬼たちが身につけた数少ない魔法だ。吸血鬼によって与えられる快楽は度を過ぎているから、勃起がとうぶん治らない点だが、そこに関しては京悟も一日耐えたのだから、なんとか頑張ってくれと親指を立ててその後ろ姿を見送った。
壮介も、もし適正があれば、吸血鬼の仲間入りをすることだろう。
新月の夜には吸血鬼だけが集まる秘密の会合が行われるのだと、体の中を流れる記憶が教えてくれた。
初めて食事した獲物だからか、それとも吸血鬼になることなど関係ない一目惚れでもしてしまったのか。
また壮介に会いたいと願ってしまう自分に気づいた京悟は鼻で笑って自身も家に帰るために踵を返した。