淫蕩の令嬢(上)
🕑 Added 2019-06-29 17:24:04 +0000 UTC
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僕らは互いに手をつないで、小さな体を寄せ合って、広い世界を前に立ち尽くしていた。赤毛の僕と、黒髪の少女。10歳にも満たない僕らはまだまだ子供で、自分が何でどこに行くかも知らなかったんだ。一緒に見た夕陽をまだ覚えている。それはもう遠く過ぎ去った日。時間にすればほんの少しの間。それでも僕らは、きっと、どこまでも一緒だった。
僕は彼女に一目惚れし、初恋してしまったのだ。
それは、幼少の頃。
春。
施設に入った、ばかりのころ。
まだ何も知らずにいた僕は、ある時塀の一部に穴を見つけ、忍び出ることに成功した。
もちろんあたりは森の道、なにかあるわけでもない。
けれどそれが子供の胸をどれほどときめかせたかなんて、想像するまでもないだろう。僕は、初めての冒険に乗り出した。鬱蒼とした森、見知らぬ生き物に初めて知る土の香り。そのどれもが目を奪い、いや、自分だけの時間があるだけで無常の喜びだった。四六時中監視の目に囲まれて育った僕に、初めて訪れた一人の時間。自由な、手仕事と管理ばかりの日々に、突如秘密の時間が与えられたのだ。知らないほうがよっぽどよかったほどに、それは楽しいひとときだった。
森の隅々まで見て歩いた。葉っぱを拾い集めて樹洞に隠し、初めての所有物に心を踊らせた。それは誰しもが通る小さな冒険、けれど、生まれてからこの方罪人の如く扱われていた僕に、それはかけがえのない経験だった。
もちろん、小心者の僕がそんな冒険を長く続けられるはずもない。
なにより、森の陰は濃く暗く、日が暮れ出せばあっという間に闇に沈む。二、三度抜け出したあと、幼い蛮勇にも陰りが見えた。何より、待ち受けるであろう罰が怖かった。
もうやめようか。
そう思い、最後の散策の時。
不意に僕は、見知らぬ人影に気がついた。
施設の者かと恐れたのは無理もない。見つかれば、どんな罰が待っているかなんて考えたくもなかった。
けれど、振り返ったその姿はあまりに幼い。
僕とは違う、黒い髪。よく手入れされたそれは二つ結びに縛られて、木陰の僅かな光にもきらめいていた。上質な服、小さな背丈。可愛らしいのは一目瞭然だ。その魅力に誘われ、僕はやっと木の陰から出てくることができた。
「君はだれ……?」
突然の呼びかけに、ビクリと肩を震わせた少女。恐る恐るこちらを振り返れば、黒曜石のように煌めく黒髪がふわりと広がる。
そして、小さな声で。
「し、システィーヌ……」
と、一言。
真正面に僕を見て、それから、息を漏らすようにクスリと笑うと。
ようやく僕らは一緒に笑い合うことができたのだ。
それからの日々は、人生で一番の時間だった。
システィーヌと言ったその少女は、きっと学舎の近くに住む子供だったに違いない。丁度同じ年この頃合い、恐ろしく美しい女の子が彼女だった。
透けるように白い肌、対照的に黒くどこまでもなめらかでしなやかで。それをツインテールに結っていた。その髪飾りが可愛らしく、何より、そのとびっきりの美貌に僕は一目惚れだった。唇の端にひとつつけたホクロが愛らしかった。
僕は彼女をティナと呼んだ。
僕はミヌと名乗った。
その時、僕の胸にはぐさりと罪悪感が突き刺さっていたけど。
……僕は嘘つきだ。
それは本当の名前じゃない。
ちゃんとした名前なんてないのだもの。数字名なんて、とてもじゃないけど言えなかった。
だって、嫌われたくなかったんだ。
退行種、衰退種、矮人、劣等種。マナもなく、ちからもなく、衰微していく僕らは後退種と呼ばれていた。施設で飼われているのも、奴隷になるための下ごしらえ。第二次性徴を境に縮んでいく出来損ないが、僕らだった。
一般種のように生まれたままの体を保持することもできず、況して拡大種、発展種のように大きくなれるわけもない負け犬人種。他の人種はそのまま育ち、或いは大きく、或いはさらに大きくなるというのに。僕らはそうした上位種には到底及ばない、惨めな存在だった。
彼らから見て、唯一縮む僕らはどのように見えるだろう? 檻に入れられ、縮み出すのを待つばかりの僕。そんな子供に、恋い焦がれたティナへ自ら素性を明かすなんて度胸、あるはずもない。
嘘つきと美少女は、一緒に幼い日々を重ねた。
それが僕の、たった一つの宝物。第二次縮小が始まりかけたころの思い出。
僕は縮んでいく体を騙し騙し、彼女と遊びに出かけていった。
果たして彼女が何者なのか。聞くことなんて出来もせず。
「どうしたの?」
それでも僕はティナと遊んだ。
「ううん。なんでもない」
そう言って、離したくない手を握って。
内気に思えた彼女が、徐々に親しげな笑みを浮かべるようになるのが、嬉しくて仕方ない。弟とでも思っているのか、僕をからかいクスクス笑う、それが恥ずかしいやら嬉しいやらで、僕は困ったように笑ったまま頬を掻く。
身長が縮んでいると、気づかれないよう祈りながら。
一緒に森を歩いた。木の実を拾って見せ合った。
過酷な施設の暮らしを忘れられる時間。ここでは鞭打たれることも罵倒されることもなく、大好きな女の子と笑っていられる。
ティナは知らないものを見せてくれて。
上品な笑みで、僕を笑って。
そして、ある日。
ある日、穴は塞がれていた。
僕はむせび泣いた。
壁にすがって泣いた。
背を丸め、地面を叩いて泣き続けた。
けれどそれは、出たかったからじゃない。どうあってもこの檻から逃げられないと悟ってしまったからだ。
自分の立場というものをほんとうの意味で知ったのは、その時かもしれない。
もうその頃には、初めにあった時より20cm、僕は縮んでいた。
また会えるかな。
会えるといいな。
もしかしたら彼女も縮小種かもしれない。おとなになってもティナの美しさは約束されている。甘い記憶とともに、幼い恋心はどこまでも膨らんでいった。なんどこの腕に抱きとめたいと考えたかわからない。記憶と想像の糸を結い合わせ、なんとか今の姿を思い描こうともしてみた。
けれどその度思い知るのは、隔たった時間と会えない現実。彼女がどこにいるのか、いや、誰なのかすら僕は知らないのだ。
彼女が縮小種なら、施設でまた会えるかもしれなかった。ティナも僕と同じように抜け出していたのかもしれない。そうでなくても、もしかしたら、もしかしたら……。
もちろん、それは全く根拠のない願望だった。だって、僕はこれから先、どこに行くのか、何をされるのかも知らされていなかったのだから。
手仕事を繰り返す日々、それは緩やかな地獄だ。もちろん、友人はいた。余暇も与えられた。自由はないにせよ、時間はあって。けれど、それだけ。それだけの息苦しさだ。だからこそ膨らむ空想は、僕をどこまでも記憶の中のベアトリーチェへ導いていく。いつしかそれは生きるために必要な希望にさえ成っていった。
けれど、僕はもっとよく考えるべきだったのだ。
その髪の色が示すもの。
彼女がなぜ、そこにいたのかを。
§
果たして、僕の日々は変わらなかった。
ついに縮むべきところまで縮んでからは、仲間たちと来る日も来る日も虚しい仕事。刺繍や縫い付け、細かな不備、汚れの検査。サイズを活かした、繊細さだけが取り柄だった。とはいえ、いくら体が小さくても模様を縫うのは難しいのだ。ステッチだってしばしば歪んだ。全体を見れるほど僕の体は大きくないから……。
単純な仕事と押し殺した葛藤の中で、心まで小さく、幼くなっていく気がした。それでも僕は勤勉に働く。優秀であれば、ここを出て遥かかなた、彼女のいる場所に用立てられることもあるかと思ったのだ。
会いたかった。多分無理だと、僕も薄々わかってたと思う。でも、ひたすらティナを求めた。ひたすら。ひたすら。
そして、あの日から十余年が経ち。
今日。
まだ、太陽がてっぺんにも届かない頃合いに。
突如、けたたましいサイレンが街を苛んだ。
仕事場で、一斉に僕らの手が止まる。
「……なに? この音……」
「訓練なんて、あったっけ?」
「とにかく、どうにかしないと……」
僕らは友人らと話し合う。こんなことは初めてだった。判で押したように同じ日々の中、突然挿入された珍事だったのだ。作業場に集まり、手仕事を教わり、仕事を続け。それ以外の何も、僕らは知らなかった。
だから、僕らは避難した。みんなと一緒に、日常から外れていったんだ。部屋を出れば騒々しく道を埋める、黒山の行列。何も知らずそれについていけば、行き先は避難所だった。
これなら安心だ。とにかくみんながいるなら、安心だ。誰でもあって誰でもない僕ら。レミングスのような群衆は、漠然とそう思った。
とはいえ、誰もどうすればいいかなんて知らなかった。数百はいる人影たち。全員、何から避難しているかなんて知るはずもない。若い子どもたち、集められて散らばって、広い多目的施設、その箱物の中で立ち尽くす様は亡羊そのもの。警報で吹き飛んだ現実感の中、浮動した時間が流れていた。なんとか時間にすがりつこうと、友人を見つけて話し合う。
訓練かしらと話しあった。けれどこんなこと、今まで一度も無い。何人寄っても、文殊の知恵には遠く及ばず。
不安な時間。
……その宙吊りになった空気に、一片の高揚もなかったなんて嘘はつかない。日常が壊れる瞬間をどこか待ちわびない人間なんていないだろう。僕らに至っては尚更だ。恩赦願望はひとしおだった。連れ出して、あわよくばあの日までと、期待したのは確か。けれど、それは別に大した罪じゃないだろう、そう思った。
世界の方は、そうは思って居なかったみたいだけれど。
始まりは小さな異変。
全ては不意に始まった。
「……揺れてない?」
「ちょっと、なにか聞こえるんだけど……」
「地震!?」
不安が一気に膨らみ始め、半ば騒然とする仲間たち。
ここも安全じゃない。いくら堅牢な施設とは言え小人用、地震など来たらひとたまりもないだろう。
そう思った僕が、大きなドアを開け放つと。
「……え?」
黒光りする大きな塊が、ドアさえパンパンに塞いで行く手を阻んでいた。
僕を見下ろす、不思議なオブジェ。
滑り台のように奥へ尚高くなっていくなにか。
それが、ハイヒールを模したものだと気づいた時。
背後で悲鳴が沸き起こった。
見れば分厚い天井が、ベニヤ板のごとくにへこみ出していたのだ。まるで、巨大な鉄槌が叩き込まれたかのような振動。照明が落下し、波打つ地面に皆は転げ回る。
そして、雷が直撃したような爆音が響けば。
天井を貫通したのは、電柱に似た黒い棒。それがグリグリと左右に穴を広げ、また奥へ戻っていく。
そして変わって穴から現れたのは。
キラキラと光る大きな瞳だった。
「あはっ♪ いましたよアンリさま! 律儀にみんな集まってました。ばっかみたい♪」
大音響で響く舌足らずな声。その声が、脅威は一人ではないと僕らを絶望させた。
その瞬間パニックが破裂する。
巨人?! でも、こんなに大きな人は見たことがない。だって、僕は縮み出してからはずっと隔離の身。自分がどれほどの大きさかさえ、知らずにいたのだ。
これが、最上種? 崇高種とさえ言われる人たち? 出口に殺到しようとすれば巨大なハイヒールに恐れをなし、震えながら抱き合えばクスクスと女神の視線にさらされた。
そんな蜂の巣をつついたような恐慌の頭上、白い手袋をまとった指先が穴に忍び込む。
そして、むりやり屋根を引っ剥がすのだ。既に大部分が破損していた天井は、巨大幼女の指先からさえ僕らを守ってはくれなかった。トラックが引き裂かれるようなとんでもない音を立て、屋根があれよあれよと破壊されていく。
少しずつ僕を照らし出す外の光。眩い空はどんどん広がり、そしてついにすべてが取り払われると。
「わぁっ、ちっちゃー♪」
「蜂の巣みたいで気持ち悪いです」
僕らを見下ろす、2人の巨大幼女が姿を現した。エプロンドレスにフリルスカート、絹糸のような長い銀髪には、カチューシャを添えている。そのメイドの出で立ちは、貴人の存在を暗示していた。僕らが想像もつかないような、巨人たちの社会がどこかにあるのだ。知らされていなかった真実が、なお僕らの胸に突き刺さる。
「もう少し上品に振る舞えまってはどうです?」
そして背後に現れる、尚巨大な女の影。そびえるやや年長の美少女メイドが、呆れたように言った。ショートの銀髪を揺らし、とはいえどこかどうでも良さそうにも見える。
「あはっ♪ 矮人種にそんな配慮必要ありませんって」
「お嬢様の侍女として、ですよ?」
「以後気をつけます♪ それより、居ますか?」
「……見えないですね。下級メイドを連れてくるべきでした」
はるか上空、小人たちを無視して飛び交う会話。その非現実的な様子に、僕は呆然と立ちすくむほかなかった。
それから、幼いメイドが紙を取り出す。ふんふんと頷いて、一言。
「さんびゃく……308番。いますね? あ、矮人種って数字分かりましたっけ。……大丈夫みたいですね♪」
ざわめきとともに、僕から離れていく級友たち。ぽっかり空いた円の中心、途方に暮れているのはもちろん……。
「友人も簡単に売り渡すなんてさすが虫どもね」
円の中心にいる僕。覆い尽くす手のひら型の影が、矮躯目指して飛び込んでくる。
駆け出した時にはもう遅い。
「みーっけ♪」
真っ白な細い指、直径50cmもの大蛇が2本僕に巻き付く。白手袋の、すべすべとした肌触り、ついで確かな肌の熱が僕を包み、万力のような力で僕を締め上げた。
「ぐぅう……!」
「ふふっ、矮人なんて久しぶり♪ 私の指先も押しのけられないのね。ちっちゃいって可愛そうだわ♪」
クスクス笑う2つの幼い表情。12歳程度の小さなメイドは、虫けらを弄ぶように僕をせせら笑う。瓶も満足に開けられない指先なのに、全力で押しても石柱みたいに動かないのだ。そんな僕が面白いに違いない。ロリメイドは笑いながら、クリクリと指先を動かしてみせた。人指程度の小人など、少し力を込めれば潰せるのだと言わんばかりに。
「アンリさま、残りはどうしますか?」
僕をこねくり回しながら、その幼女は指示を仰ぐ。振り返る拍子に広がる髪、上位種特有の銀髪が、僕を襲い鞭打った。軽やかに、しかし確かな重みで僕をむち打ち、幼女の髪が甘い香りで小人を包む。そんな細髪にさえ体の芯を打たれた時、僕は年下の巨人に完全な無力を悟らされた。
問いかけに、ふむ、と思案する年上メイド。同じく銀髪を揺らし、しばし考え。
「そうですね、どちらでも良いのですが……」
”掃除しておきましょうか”、と。
メイドは子供たちに言った。
クスリと笑みをこぼした幼女2人。顔を見合わせ、いたずらっぽい笑顔を交わす。
それから、高く高くパンプスを振り上げると……。
「「死ーねッ♡」」
一気に、小人めがけ振り下ろしたのだ。
無論、箱の中には仲間たち。それを守ってくれるはずの屋根は、細い脚でいともたやすく突き破られた。タイツに傷すら付けられず瓦礫となってはね飛ぶ瓦礫。まるで葡萄でも踏むがごとく、少女の足は爆撃となって同胞たちへと降り注ぐ。
瞬間湧き上がる、悲鳴、悲鳴、悲鳴。
しかしそれを覆い隠すのは、キャッキャと楽しげな幼女たちの声だった。
僕からじゃ中の様子は見えやしない。いや、見えなくて幸いだったかも知れなかった。そこにあるのは、まるで蟻の巣を突くように虐殺される友人たちなのだ。
メイドの白手袋の上、僕は泣き叫びながら虚しくあがいた。仲間たちに腕を伸ばし、なんとか止めようとした。そして、手は指の幅さえ越えられないのだ。為す術なく僕は少女の手の中、無邪気な殺戮を見せつけられるだけだった。
「キャハハっ♡ たっのしー! このウジ虫ども! えいっ、えいっ、潰れちゃえ!!」
「ぷちぷち潰れて、葡萄みたいです♪ さすが劣等種、踏み甲斐のない虫けらですね」
ケラケラ笑いながら、あどけない2人は足を振り鳴らす。大人の手のひらに収まるようなパンプス、それも50倍メイドのものとなれば、長さ10メートル、重さ何十トンもの巨大建造物だ。そんなトラックさえ見劣りする物体を、数千トンはあろうかという幼女が踏み降ろす。その一撃で、小人など何千人だって殺されてしまえた。逃げ惑う小人たち。それを虫程度にも思わず、彼女らは踏み潰す。僕が見てる前で、わざと、ゆっくりと。
地響きすら起こすロリメイド達の乱舞。20階建てのビルにさえ勝る巨大幼女の、あどけない蹂躙。それを前に、僕は何をすることも出来ない。出来るのはただ、スベスベと暖かく柔らかい指先の中、友人らがどれほど重く硬い足で粉砕されているか、戦慄することぐらいだった。
幼女らのくるぶし程度の壁の中。そこでどれほどの惨劇が繰り広げられているのだろう。気持ちよく、良い香りがする白手袋の中、考えれば考えるほど、無力感の募るばかりだった。
破壊的な足音、そこからかすかに聞こえる小さな絶叫。
それも、すっかり静かになった時。
「さて、お嬢さまのところへ戻りましょうか」
クスクスと笑みを漏らし、60メートル級の美少女たちは笑いあった。
§
「アンリ、今戻りました」
「あら、早かったのね」
外の世界、くぐもった声が肌を震わせる。
それを僕は、くたびれた心で聞いていた。
どこかもわからない、なぜ連れ出されたのかもわからない。
ただわかるのは、周囲にいるのはすべて巨人種女性だということだけ。そして、柔らかな衣摺れの音の向こう、巨人用の生地さえ貫通するその声に、僕は縮こまるのだ。
いや、もう縮こまる気力さえ残っていなかったのかもしれない。
僕は消耗しきって、アンリというメイドの乳房の下敷きにされていたのだから。
彼女らの帰路、僕は胸ポケットの中に詰め込まれていた。動くことも出来ず、巨大バストの膨らみに磔にされていたのだ。
最上位の豊かな乳房はとてつもなく大きくて、まるで気球の上に乗せられたような心地で……。そんな物体が一歩ごとに揺れるのだから、生きた心地がしなかった。直径何十メートルもありそうなおっぱいだ。中身がしっかり詰まった乳房は、分厚いシャツさえ押しのけ僕に襲いかかる。確かなハリは、柔らかくもパンパンにに膨らんで、呼吸さえ苦しくなるほどだ。シャツの中から漏れる女の人の香りと熱に茹でられて、このままおっぱいの染みに成ってしまうんじゃないかとさえ恐怖した。
おっぱいの揺れと、重圧、香りに熱。さらに流れ込んでくるのは、巨人が巻き起こす様々な音だ。
巨大なメイドの服の中、それがこんなにたくさんの音で溢れているなんて思いもしなった。フリルが揺れる音、肌と擦れる音、体から直接響く少女の声に、巨体が空を切る高い音。そのすべてが、今自分は別世界にいるのだと思い知らせる。僕は、なんとかもがいて逃げようとした。助けを求めようと、話を聞いてもらおうと叫び続けた。しかし、そんな声が届くはずもなく、シャツにさえ阻まれエプロンドレスから先へ漏れることはない。どころか、周囲から飛んでくるのは幼女メイドの声と、それに応えるアンリの声。そのどれもが背骨ごと僕を揺してやまなかった。僕はさっきまで、友達と静かに談笑していたというのに、今じゃひとりぼっち、巨大美女に囲まれ心細く丸まることしかできない。
そして少しして、彼女らの屋敷にたどり着いた時。
僕は巨乳メイドの胸の下。すっかり茹で上がり死にかけていたのだ。
それでも、巨女ひしめく部屋に入った時。
ヒリつくほど感じる巨人たちの気配に、僕はなお恐怖を感じずにはいられなかった。
「自由なものね、行き先も告げず。……どこに行っていたのかしら?」
「あらあら。私はいつでもお嬢様の忠実なメイドでございますよ? ……それに今日は変わった品が手に入ったので、お嬢様もお楽しみいただけるかと」
クスクスと笑い合う巨人主従。周囲がかしこまる中で、どうもこのメイドだけは特別らしい。
何が起こるのかもわからない不安。50倍メイドのバストに抱きつくような姿勢のまま、僕は為す術なく震えていた。こんなにも女の人のエッチな場所にくっついているのに、それが同時にこれ以上なく恐ろしかった。
そんな僕を求め、アンリは胸ポケットをこじ開ける。
まっくらな空に三日月型の亀裂、そこから見下ろすのは、あの美女メイドの瞳だ。そして、無感情に指を突っ込むと、クタクタになった僕を引き抜いた。
「……生きてますか?」
棲んだ少女の、訝しげな声。
僕は雪原のような場所に寝かされて、久方ぶりの外気を力なく吸い込んだ。ぐったりと寝そべると、柔らかさ、暖かさ、スベスベと白い手触りが染み渡る。
もう、動きたくもない。
そんな心持ちのまま、ぼうっと視線をさまよわせ。
僕を凝視する、特大の瞳と目があった。巨人に凝視される、その恐怖に思わず飛び上がる。
「死んではいないようですね」
手のひらに乗せ、そんな僕を見つめるアンリ。白手袋の上で僕を転がし、具合を確かめる。ダイスを弄ぶような、軽い素振りだ。だのにそれだけで、僕は大波に呑まれたように振り回される。
「ふふっ、不憫なものですね。私の指先にも満たない姿で、生きなければならないなんて」
クスリと漏らす吐息が僕を包んだ。それだけで僕は吹き飛ばれそうになり、それがなおアンリの微笑を呼んでしまう。
いや、アンリだけではない。聞こえてきたのは、周囲から沸き起こる、淑やかな笑い。
アンリ1人でいっぱいいっぱいだった僕は、ようやく背後を振り返る。
そしてその異様さに、住む世界の違いを思い知るのだ。
それは、権力と耽美の空間だった。
まるで王宮のような空間に居並ぶのは大小様々なメイドたち。その中心、ゆったりとソファにくつろぐのはこの屋敷の令嬢に違いない。パーティドレスを着て、それがなお耽美的な雰囲気をまとわせる。ひと目見てわかる、その気高さと美しさ。しかし数百メートルはありそうな距離と逆光にぼやけてしまい、その顔はよく見えなかった。
次いでその背後にいるのは、街を蹂躙した幼女たちだ。他のメイドたちが厳粛な顔をする中、2人ニヤニヤとこちらを見つめている。思わず僕は白い手の上でビクついて、それがさらに彼女らの嘲笑を買った。でも、仕方ないだろう。フラッシュバックする、あの巨大な姿。箱に覆いかぶさり僕らを見下ろした2人の威容。それが今は、大人たちの間にちょこんと佇んで、単なる生意気幼女に化けていた。ソファの影に隠れ、見えるのは肩から上だけ。あの街を断罪したパンプスなどその遥か下方、見えるべくもなかった。
1人だけでも街をベッドにしてしまえる巨人。それが立ち並ぶ様は巨大な神殿にも似て、あまりのスケールに目眩がした。しかしそれも、豪奢な室内の中ではどれも華奢な少女に過ぎないのだ。ここは王侯貴族の館なのだろうか? 重厚な本棚、豪華なシャンデリア。そのどれもが少女らを小さく感じさせる。
……しかし、彼女らは紛れもなく巨人だった。
だって、彼女らは遥かに小さなメイドを従えていたからだ。はじめ犬かなにかと思ったもの。周囲に散らばるそれを見れば、それもまた巨人だった。おそらく20倍はあろうその体を、巨人メイドのスカートに隠しこちらを見上げている。そしてさらにその足元に僕の5倍はあろうという巨大メイドを見出した時、思わず僕は乾いた笑いさえ催した。あの小人らに比べたら、部屋にふさわしい彼女らは間違いなく巨人。そして、その最も小さなメイドの靴にさえ、僕は負けてしまう身の丈なのだ。
ここは、50倍、20倍、5倍、三重の巨人が織りなす異世界、すべてが桁違いな空間に他ならなかった。薄く香るのは香木か、しかし同時に漂う少女たちの香りが芳しく、直感的にここが女性の園であることを証し立てる。
だから、アンリがその女主人へと進み出た時。
僕がどれほど恐怖したかわかるだろう。
「ご覧になっては? なかなかおもしろい一品かと」
白手袋の上、恐怖のあまり僕は必死にその掌底へ向けて駆けだした。ふっくらとした女性の母子球、柔らかな丘目指して走り出したのだ。しかしおしとやかなメイドの一歩は50倍、その僅かな激震に脚を取られ、スベスベとした大地に幾度となく打ち付けられては跳ね返される。
そのうち、影が差して。
見上げれば、令嬢の御尊顔が上空を覆っていた。
「……矮人? 虫を飼う趣味はないわよ?」
「虫は虫でも、お嬢様もご存知の虫でございます」
「……虫になんて覚えはないわね」
モノクルで、50倍娘が僕を覗き込む。
僕など、虫眼鏡で観察される蟻同然だ。柔らかな指先でつまみ上げられながら、僕は苦々しく頭上を仰ぐ。見えるのは、レンズで拡大された宝石の如き瞳。けれどそのガーネットのような瞳に、燃えるような虹彩が、魔法のように僕を魅入らせてしまう。
僕は気恥ずかしくって、思わず目を伏せた。
それはパーティドレスのような、真紅の服を纏う貴族の令嬢。背も胸元も大きく開き、ガーターストッキングの色気と相俟ってどこまでも艶めかしい。なにより目を引くのはその豊乳。ドレスの薄布から零れんばかりの爆乳は、アンリに勝るとも劣らない。
僕の眼差しは釘付けだった。僕なんてその乳首にも負けてしまうかもしれない。小人をその重量だけで1000人は粉砕できてしまうおっぱいだ。みっちりせめぎ合う谷間に入れば、僕はどうなってしまうだろう? 家より大きくマッシブなおっぱいは、水着同然の面積しか隠されていない。そして輝く肌で僕の視界を犯すのだ。
このおっぱいになら、圧死されても良い。
おもわず僕は、生唾を飲み込んだ。
「矮人なんて久しぶりね。こんなに小さかったかしら。……こっちを向きなさいよ。ああもうっ! 小さすぎて見えないわ!」
片眼鏡を小人メイドに渡し、バカバカしいと言わんばかりに少女は垂れた髪を払った。ばさっと広がる髪。初めて見えた素顔。ひらひらと手を振って、僕をアンリに手渡そうとする。
「何が言いたいのかしら? 小人なんて見たくもないのだけれど」
汚らわしげに少女は吐き捨てる。
けれど、僕はその絶対君主の相貌から目を離せずにいた。
たおやかな黒髪に、とびきりの美貌。
そしてなにより。
「き、君は……!?」
口の端にホクロを見出した時。
僕は、思わず叫び出す。
それは、かつて共に育った、システィーヌ、その人だった。
僕はティナちゃんの手の中、懸命に彼女に手を振った。歓喜の瞬間だった。夢にまで見た幼馴染の美少女、それが、高潔な美女となって眼の前にいる。巨人種の貴族だったなんて。その身分には驚くけれど、巨人は恐ろしいけれど、でも、それでも、あのティナちゃんが何不自由無い暮らしをしている。それは僕自身の喜びだった。
様変わりした彼女への戸惑いはある。ここまで変わってしまった関係は少しつらい。何より、恐怖の対象でしか無い巨人の、よりによって貴族の令嬢になってしまった事実。耽美的な色彩を帯びたその女性は、けれど、一気に僕の幸福と祝福の女神に変わった。
だから僕は喜んだのだ。この幸せを分かち合った。
想いのままに快哉を叫んで。
「僕だよ、ミヌ、ミヌだよ! 幼馴染の! ねえ!」
そして、言ったのだ。
「ティナちゃん!」
その瞬間。
水を打ったような沈黙に、ただ僕だけが置いていかれていた。
メイドたちの息を呑む音、痺れるような緊張の糸。その中で何か言えたのは、システィーヌただ一人だった。
「……もう一度聞くわ、アンリ。この、虫は、なに?」
低く、重く、言葉を紡ぐ。
わかってないんだ、僕が誰か。ただただ小人種と思って、そのフィルターが僕を隠してる。きっと分かれば、かつてのティナちゃんに戻ってくれるはず。僕は、胸の張り裂けそうな不安と高揚をもって叫んだ。
「ティナちゃん、僕だよ! 昔一緒に過ごした、ミ……」
「ミヌとかいう矮人でございます。本名はたしか、308番、でしたっけ? お嬢様の旧友かと。この日のために探し出して飼わせておいたのですが、いかがでしょう?」
僕が言い終わらないうちに、しとやかで控えめな、しかしよく通る巨人の声が小人の叫びをかき消した。
俄かにメイドたちは慌て出す。
「あ、アンリ様! いくらなんでもそれは悪趣味過ぎます!! こんな、お嬢様の古傷を抉るような……」
畏まりながらも、50倍メイドはなんとかアンリに抗議する。
その非難に他のメイドも追随しようとした、その時。
小さく漏れ出した、クスクス笑い。
全てを縫って漏れ響くのは、他ならぬシスティーヌの笑い、それだった。全てを制し場を支配し、押さえるように漏れ出した笑い。それが耐えきれなくなると、システィーヌはついに声を立てて笑いだした。鈴を転がすように笑う令嬢。おかしくてたまらないといったその様は、どこか若い魔女を思わせさえした。
呆気にとられるメイドたち。その中で唯一人、アンリだけが微笑んでいた。ただアンリとシスティーヌだけが通じ合っているのだ。
「し、システィーヌ様……?」
恐る恐る訊ねるメイドを気にも留めず、システィーヌは笑いの余韻を味わっている。
「素敵、素敵よ! それでこそ私の侍従ね。まったく……ふふっ♪」
「恐悦の至りでございます」
冗談めかし、うやうやしく頭を垂れるアンリ。けれどその実、悪戯を主人をからかう愉悦が笑みの節々から漏れている。やってくれたわねというシスティーヌの視線も軽く受け流し、飄々とした態度を崩さない。
侍従には、それなりの高貴な家の出である者も少なくない。ここにいる小人だって、大半は相当の出自だろう。となれば、アンリが主人とそう違わぬ身分であっても、何も驚くことではなかった。
もちろん、アンリを除いた全てのものは、ここでは下僕程度の立場であるものの。
ここはどこまでも、2人だけの空間。身分の違いに、僕は隔絶感だけを思い知る。
「無理を押して貴女を残した甲斐があったわ♪ こんなサプライズ、他のメイドじゃ思いつかないもの。ふふっ♪ ……で、これがあのミヌ、ねぇ。久しぶりに矮人種をみたわ。ここまで小さくなるなんてね。いえ、成長というのはこういうものなのかしら?」
そして、僕を膝の上に乗せる。改めてしげしげと僕を見やり、笑いの余韻をかみしめながらも、古い記憶を洗い出しているらしい。
そこに一瞬、かつてのティナちゃんの面影があったのは、確かだった。
あの時、同じ背格好で笑いあった僕ら。
今じゃその指先にも満たない体だけど、それでも僕は”ミヌ”なのだ。ストッキングのスベスベとした質感、その奥から感じるむちむちの太ももが、彼女の成長を物語る。その顔は、僕を陰に隠す巨乳に遮られ、ほとんど見えやしない。でも、それでも! 再び出会えた幼馴染2人。等身大だった旧友も、今や50倍の超巨大女神になってしまったけど、世界の最下層の身分と最上位の令嬢の関係になってしまったけれど、この瞬間、僕は喜びで爆発しそうだった。
「ずいぶん小さくなったものね。種の違いというものを久々に思い知った気分。こういうのも悪くないわ。そうね、久しぶり、というべき? 元気だったかしら?」
どこか優しげな口ぶりに、僕は安堵した。覚えていてくれた! 僕をミヌと認めてくれた! それだけで僕は嬉しくて、はにかみながら頷いた。嬉しかった。会えただけで良い。言葉に出来ないくらい、嬉しかったんだ。
僕の微かな素振りは、システィーヌには届かない。一般種のメイドが耳打ちして、ようやく彼女は僕の返答を知ったようだった。
「そう。それはなにより。思えば私も何も知らない子供だったわ。懐かしいというのも変な気持ち。そうね、じゃあ……」
顎に手を当て、足元に転がる豆粒大の生き物に微笑みかける。
そして、クスリと笑うと。
パシッと。
手で僕を、膝の上から払い落とした。
「……え?」
眼の前に広がる真っ白な手。
綺麗だな、なんて思って。
それから、意識を叩き潰す衝撃に襲われる。でっかい指5本に体当りされ、豆粒のようにはたき飛ばされたのだ。高層ビルさえ届かないような膝の上から叩き落とされ、宙を舞い、何もわからなくなる。そして、疑問だらけの頭の中。未だ表情を緩めず、笑い続けるティナと目があった。ゾッとするほど美しく冷たい微笑み、傑作だと言わんばかりの目が、僕を射抜いていたのだ。
「うぎゃッ!?」
そして、鈍い音を立て僕は絨毯の中へ落下する。
死んではいない。高級絨毯の、極上の繊維にかろうじて命を救われたのだ。
けれど、それだけだった。
猛烈な痛みからは守ってくれない。少女の指型に痛む体を丸め、僕は転げ回った。自分より背の高い繊維から這い出てきたのは、しばらく経ってからだ。
「て、ティナちゃん……?」
ゼイゼイと掠れた声で呼びかける。けれど、地面から見上げても椅子の底面しか見えはしない。ゆったり組んだ美脚が、塔のようにどこまでもそびえるだけ。
「まったく、くだらない生き物もいたものね」
そして、大きく、大きくヒールを脱いだおみ脚を振り上げたのだ。
「待っ……!」
足裏が、僕の上に飛び出してくる。僕を乗せてもびくともしなかったストッキング。それが透けてしまうほどに、ティナちゃんの足は強靭だった。振りかざされる綺麗な足。けれど、その小指でさえ僕じゃ抱えきれないようなサイズなのだ。そんな幼馴染の足が、いま、125万倍になった鉄槌と化して襲いかかる。
「バカな話ね。矮人が、何の用かしら。ねぇ?」
そして、足を下ろし笑ったのだ。
きっとそれは、外から見ればポンと足をおろしただけのことだったろう。
そもそも僕は、絨毯に転がったコーヒー豆のようなもの。見えない粒など、踏んでいるのかどうかさえわからなかったに違いない。見惚れるほど美しいおみ足、その小指にさえ満たない小虫がどこにいるか、見えたものはいないはずだ。
しかし、僕にとっては。
僕にとっては、山が落ちてきたに匹敵する天変地異だった。
暴風を立て叩きつけられる足。僕と一緒に山を歩いた幼い足、それが美女の巨足となって落下する。軽い足踏み一つで巻き起こる風はダウンバーストとなって僕を押しつぶし、みるみる濃くなる影は逃げられないぞと嘲笑った。僕は大きすぎる足裏を、ただ涙目になって見上げることしか出来ない。アーチの輪郭や細かな起伏、そしてついに、ストッキングの繊維の奥にうっすら肌色が見えた時。
僕が居た一帯全てを、美少女の足が粉砕した。